シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番より) /バッハ(齋藤 秀雄 編)

指揮者・教育者 齋藤秀雄

 NHK交響楽団の前身である新交響楽団の首席チェロ奏者を務めた齋藤秀雄は、指揮者・教育者として日本の音楽教育に絶大な影響を与えました。桐朋学園の創設にも深く関わり、合奏教育を中心とした独自の指導法によって多くの優れた音楽家を育てました。彼の教育は、単に演奏技術を磨くことではなく、音楽の構造を理解し、その必然性を身体と精神で掴み取ることを重んじるものでした。

 齋藤が繰り返し説いたのは、「音楽は音の連なりではなく、方向をもった流れである」という考え方です。どの音がどの和声に支えられ、どこへ向かって進んでいくのか。その骨格を捉えずして音の表情だけを追っても、音楽の本質には届かない。――その厳しさの奥には、音楽を通して人そのものを育てようとする深い信念がありました。

 齋藤の門下からは小澤征爾をはじめ、国内外で活躍する音楽家が数多く巣立っています。齋藤の没後10年にあたる1984年、小澤の呼びかけにより、師の教えを受けた音楽家たちが世界中から集まり、サイトウ・キネン・オーケストラが結成されました。師への敬意を原点とするこのオーケストラの精神は、現在の「セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)」へ受け継がれています。



無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004《シャコンヌ》

 ヨハン・セバスティアン・バッハが《無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ》全6曲を作曲したのは、ドイツのケーテンで宮廷楽長として仕えていた時期と考えられています。その中でもパルティータ第2番の終曲《シャコンヌ》は、従来一定の和声進行の上に変奏を重ねるシャコンヌという舞曲の形式を基盤としながら、宗教音楽のような精神性を備えた作品へと昇華されています。

 1720年、35歳のバッハはレオポルト公に随行して旅に出ていました。その留守中に最愛の妻マリア・バルバラが急逝し、帰宅したときにはすでに埋葬が済んでいたと伝えられています。同じ年に書かれた《シャコンヌ》には、この深い喪失の痛みと祈りが刻まれているという説が広く受け入れられています。

 当時のルター派神学では「死後、信仰者は天国で神の前に集い、愛する者と再会する」という考えが一般的でした。敬虔なルター派信徒であったバッハにとって、この《シャコンヌ》は亡き妻への追悼であり“レクイエム”としての意味を帯びていたのかもしれません。

 曲は大きく三つの部分から成り立っています。

・冒頭に漂う悲しみ深い陰影

・長調部分に広がる天上的な光と愛する人との再会を思わせる安らぎ

・終結部に宿る静かな諦観と祈り

 これらの対比は多くの聴き手に強い精神的印象を残してきました。齋藤秀雄は講義録の中で、この《シャコンヌ》を「大作の絵を描くような大きな構図が見られる模範的な曲」と語っています。その構図の緻密さと表現の豊かさは後世の作曲家にも大きな影響を与え、ブラームスやブゾーニによる壮麗なピアノ編曲をはじめ、数多くの作品が生まれました。



齋藤秀雄による《シャコンヌ》編曲

 本日演奏しますのは、齋藤秀雄によるオーケストラ版《シャコンヌ》です。ヴァイオリン独奏のために書かれた原曲を、齋藤はオーケストラによってより立体的な構造へと組み上げました。合奏によって広がる響きの奥行きが、作品の構造を際立たせ、祈りの深さをいっそう鮮明に浮かび上がらせています。



楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦5部

演奏時間:約17分